健さん 

朝日新聞朝刊に高倉健のインタビュー記事。
映画「あなたへ」について語ったものだが、さすがに含蓄がある。

この映画で大滝秀治さんが船頭を演じておられます。彼の言葉に「久しぶりにきれいな海を見た」というのがあって、台本を読んだ時、僕は「つまんないセリフだな」と思った。しかし、本番で大滝さんがおっしゃったのを聞いて、言葉の深さに気づいた。私たちの住んでいる所はさほど美しいわけじゃない。しかし懸命に生きている。生きているからこそ、この言葉が出たんだ、と。

僕が何十回台本を読んでも何も感じずにいたセリフを、大滝さんが話すと、1字も変えていないのに意味が出てくる。そろそろ役者をやめなきゃいかんな、と考えていた時期でしたが、まだまだ一生懸命やろうと思い直しました。

 中略 

中学生で敗戦を体験しました。「日本が負けることがあるのか」と思った。人生には思いもかけないことが起こる。震災もそう。生きていくとは、何と切ないのか。大滝さんの「久しぶりにきれいな海を見た」ですよ。生きていなければその風景を見ることが出来ない。この言葉の中にすべてが入っている。 

  最近の政治家についてもこういう。

俳優が政治の話をすると、とんでもないと言われそうだけど、国会中継なんか見ているとね、よくあれで議員が務まると思いますね。「恥かしい」がなくなってしまったのかな。「恥ずかしい」と言っていると、飯が食えなくなりますからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

みとり加算は結構だけど

4月の介護報酬改定で
老健やグループホームでのみとりへの報酬が加算されるという。
利用者が住みなれた場所で最後まで過ごせるように、という趣旨だそうだが
多少報酬はアップしても、
スタッフの増員など人的配慮をしなければ現場はたまらない。

みとりとなれば、当然医療連携も強化されるが、それに対応するスタッフも必要だ。
みとり対象の利用者は当然のことながら居室で対応しなければならないが
その分、他の利用者へのケアの手が足りなくなる。

通常、グループホームは利用者3人に対し、スタッフ1人という3対1ケアが基本。
時間帯によってはスタッフ2人、夜間は1人だ。
それで来客の対応、電話の対応もこなしている。
その間に入浴、食事、排泄を介助…。

今でさえ、要介護度の高い利用者に苦しめられているのに
今後、みとりを増やすことになればどうなるか。

住み慣れたところで最後まで過ごすというのは理想だが
それにグループホームが入るかというとはなはだ疑問。

この改定により、グループホームがホスピス化するのではないかと危惧を抱く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

棲み分け

仕事の後、同僚と市内の特養に
元利用者の見舞いに行った。

いつも不機嫌な顔をしていた彼女が新しい施設で元気でいるか。
ちゃんと食事はしているか。
気になってのこと。

固縮が進み、ベッドから車椅子への移乗、
車椅子から椅子への移乗の際も苦労させられた人である。

既に要介護5
特養に行ったら寝たきりになるだろうと思っていたら、
訪ねてみると案の定ベッドの中。

うちのホームにいたときはフロアの自分の席で
固まっていた夕食前の時間帯である。

それでもにこやかな顔で迎えてくれた。
頬をなでると「冷たいねぇ」
「外は雪が舞っていたからね」
「元気?」
「うん」
表情が柔らかい。

認知症ということで、グループホームに入所していたが
こうみると、普通のおばあさん。

ひょっとして彼女はグループホームは苦痛だったのでは…。

グループホーム故に「昼間は起きていましょう」と、
無理やり起されて椅子に座らされて
ほら水分が足りない、もっと飲んでとか無理強いされて苦痛だったのではないかと
思ってしまう柔和な笑顔。

ああ、この人はもっと早く楽になりたかったのでは、と思われて
これまでの日々は何だったのだろうとも思ってしまった。

それは、つまり場の問題なのだろう。

認知症高齢者の共同生活介護の場であるグループホームは
ある程度動ける人の場で
要介護5の人の暮らす場ではないということ。

グループホームは認知症高齢者の終の棲家ではなく、通過点なのだ。

その理解がないとミスマッチで
主体となる利用者を苦しめることになる。

もちろんスタッフも、だ。

症状にあった棲み分け、
時間の経過とともにいちばん利用者が安心して暮らせる場に移る
棲み分けが必要だと痛感した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

初雪 骨休み

朝起きると雪。
月曜午後にもかすかに舞ったが、今日は本格的。
それでも口内炎の痛みに耐えかねて、恐る恐る車を出し、歯科医院へ。
天気のせいかいつもより車が少ないのが幸い。
薬を塗ってもらい帰宅。

昼食後、ざっと掃除し
雪がやんだのを見てバイクで銀行、スーパー。
帰りに整骨院で久々のマッサージを受ける。
気持ちよくて全身とろけそう。

こんな日があってもいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬眠から覚めよう

年が明けて半月立つのに、今年は何をするか明確な目標を持てないまま日を送る。
これではいけないと思いつつ、
湯たんぽを入れたベッドの中でぬくぬくと読書をし
朝になるとあわてて仕事に向かう。
早番が続いたのもいけない。
早番は起きるだけで一日のエネルギーを消耗する。
まあ、これは言い訳。

これでは冬眠ではないかと思ったのは今朝のこと。

本来、怠け者故、外圧がかからないと動けない。
が、これではあっという間に人生が終わる、と反省。

実際、ホームでは昼間元気で暴れていた人が
その翌日未明に亡くなった。

人生はふいに終わるものだ。

窓の外は薄日のようでガラスが白い。
やる気を削ぐような天気だが、天気のせいにはすまい。

まず、やるべきことをやる。
昨年から積み残してきた課題を片付ける。

そして、次のステップに進む。

小正月の決意表明。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

冬色の浜名湖

正月明け5、6日と帰省。

寒かった。

とにかく風が強くて。

海と湖に挟まれた平地。どこにも遮るもののないだけにホント吹きっさらし。

風さえなければ温暖な地なのだが。

  ▼弁天橋から見た浜名湖      海浜公園にも人影はなく

120106_141101_2

120106_141401_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

笑門来福

新年の初笑いは
御年94歳の彼の言葉

昨年はもう桜は見られないと言われていたが
元気に年を越した彼

夕食のテーブルで隣席まで自由にしようとしていたので
「そこは女性が来ますのであけておいてください」とスタッフ。

そしてその席の女性が車椅子で登場すると
「老人じゃないか」とのたまう。

これには爆笑。

彼女は確かに老いているが、それでも彼より若い88歳。

彼女には「失礼ねって怒っていいのよ」と言ったものの
いつも不機嫌な彼女も笑うばかり。

笑う門には福来るというが、本当に幸せな年になりますように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

充足

パートとはいえ人間相手の仕事なので
年末年始も仕事である。

ということで、今日も仕事。
一日バタバタ働き、「よいお年を」といってホームを出れば
歩いている人もほとんど見かけない大晦日の夜。

いつもよりシンとした夜道を歩きながら
それなりに充足を感じている。

人間、お世話されるより、お世話するほうがいいのだ。

この一年、それなりによく働いた。

何より健康で年末まで働けたことが幸せではないか。

帰宅して、夫のために年越し蕎麦を作り
夫が二階に上がってから、
一人で紅白歌合戦を見ながら煮物を作る。

途中からしか見ていないが
今年の紅白は歌詞が気になる。

で、日本語の詞として成立している歌はやはり時を越えて残るものだと実感する。

美しい歌詞は、歌われた歌の世界の風景が浮かぶものだ。

しかし、時代が変っても日本の美意識は花鳥風月に尽きるのかと思ったりもして。

ま、自然と共存してきた風土だからね。

その自然があまりにも痛手を負った年でもあるのだけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バースデイ

本日、誕生日。
めでたいという年齢はとうに過ぎたが、よくここまで生きてきたという感慨はある。

それでも、家人には「キリストより私よ」と常々言っている。
なんたってクリスマスの次の日が誕生日。

世間ではクリスマスの騒ぎが終わって、いよいよ年末という気分のとき。
毎年慌しさのなかで暮れる。

今年は早々に、友人と海の側のレストランでバースデイランチを楽しみ
友人から素敵なショールをいただいた。

こちらは何の用意もなく恐縮したが(なんたって生年月日が同じだから)
彼女の「私たちへのプレゼント」にありがたくいただいた次第

食事の後、行ったベン・シャーン展は充実していて、心に残る一日となった。

で、本日が誕生日当日。
パートは休みを取っていたが、朝から掃除、洗濯、買い物と慌しく動き
午後は夫の釣り餌を求めて横須賀の佐島まで走る。

まったく、と思いながらもこの時期のこのコースは悪くない。
葉山御用邸から佐島に向かう道路は海岸線。
帰路は夕暮れの富士を見ながらのドライブ。

走りながら、ふいにこの春の3.11以降の日を思い出した。
ガソリンが手に入らない。
スーパーにモノがない。
タバコがない。
計画停電で、バイクで走っているうちに信号が消えたこともあった。

あの日からたった9ヶ月で忘れてしまった不便さ…。
被災地では今なお復旧どころではない地域が多いというのに。

年を重ねた分、もっと他者に思いを馳せられる自分にならねば。
反省しきりである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ベン・シャーン展

久しぶりに充実した美術展を見た。

鎌倉近代美術館 葉山でのベン・シャーン展。

ベン・シャーンの約20年ぶりの回顧展だそうで
展示された作品は200点、写真も300点に及ぶそうで
まず、そのボリュームに圧倒される。

今まで画家としか認識していなかったが、
今回の作品展で写真家としてのベン・シャーンを知ることになった。

報道写真とそれに材をとった絵画。
並べて見ると、よりいっそう興味深い。

時代は1950年代から60年代。
荒廃した世相がモノクロ写真から、テンペラや水彩で彩色された絵画から浮かんでくる。

しかし、彼の描く線の強さはどうだ。

持っていた画集を紛失して以来、目に触れることもなかったが
こうして本物に触れる機会ができて嬉しい日となった。

会期は来年1月29日まで。

興味がある方は是非、足を運んでもらいたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«ハルビン・カフェ